今月のびっくりどっきりCD
2003年の私的ベスト10(4)
(2004.2.16./3.15.修正)
現在、昨年度分新譜からの私的ベストCDを10枚取り上げています。 とはいっても順番通りにランク付けしたわけではないので念のため。 今回はロマン派〜近代のロシア音楽の壮絶ライヴ。(どっちも落とせないので2枚まとめて)

アントニン・ドヴォルザーク Antonin Dvorak(1841-1904)
交響曲 第9番 ホ短調 op.95 ≪新世界より≫

イゴール・ストラヴィンスキー Igor Stravinsky(1882-1971)
バレエ音楽 ≪春の祭典≫

アレクサンドル・モゾロフ Alexander Mosolov(1900-1973)
交響的エピソード ≪鉄工所≫ op.19

エフゲニー・スヴェトラーノフ/ソビエト国立交響楽団
※1981,1966,1975.モスクワ、LIVE
(英スクリベンダム SCRIBENDUM SC 030)

ニコライ・リムスキー=コルサコフ Nikolai Rimsky-Korsakov(1844-1908)
歌劇 ≪ムラダ≫ より「貴族たちの入場」
交響組曲 ≪シェエラザード≫ op.35


アレクサンドル・スクリャービン Alexander Scriabin(1872-1915)
法悦の詩(交響曲 第4番) op.54

エフゲニー・スヴェトラーノフ/
ロンドン交響楽団、ソビエト国立交響楽団
(≪法悦の詩≫のみ)
※1978,1968.ロンドン、LIVE
(英BBCミュージック BBC Music BBCL 4121-2)

その指揮者、凶暴につき
クラシック音楽がもしも単に優雅でお上品な音楽だったら、もしも宗教的哲学的内容を理解しなければ近づけないような音楽だったら誰が聴くものか。 そんなものは歴史の授業の暗記事項としてすら役に立たないだろう。面白かったり感動するから聴くのであり、その欲求を満たすために名演の記録が 必要なのだ。
じゃあ名演とはなんですか?という話になるわけだが、楽譜に忠実に演奏してその演奏にミスが全くないという事が名演の条件か?といえば答えはNO。 どんなに完璧に演奏しても面白くなかったり聴いていてドキドキもしなければ、それはただの音の羅列でしかない。大体、それなら全部打ち込みにすれば いいじゃんという話になってしまう。クラシック音楽(やジャズ)の面白いところは、いかに書かれた作品の出来が一級品でなくても演奏者によっては 一世一代の大芸術作品に生まれ変わってしまったり、非の打ち所も無く書かれた傑作が演奏者のためにゴミ同然のものになってしまったりする点だ。 「じゃじゃじゃじゃーん」などとベートーヴェンを小馬鹿にしている人(なぜかゲーム音楽屋に多い)が、とある演奏を聴いてぐうの音も出なくなる などという事は有り得ない話ではない。
ところで、ここに挙げた数曲は割と名曲だがそれだけなら他人に薦める事などしないし、それだけなら 他のCD聴きなさいって事になる。ポイントはこの2枚がとんでもない演奏だから。

スヴェトラーノフは2002年に亡くなったロシア(活躍した大部分の時期は旧ソ連だが)の指揮者。NHK交響楽団にも度々客演したが、 その演奏は大雑把に言うと重戦車が突進してくるようなイケイケ状態だったり、かと思えばコブシの効いたスーパーロマンティックな歌いまわしで泣かせて くれたりするのが特徴。マーラーやショスタコーヴィチを振れば「おらおらおらーどかねえと吹き飛ばすぞ」だし、チャイコフスキーやラフマニノフでは ただでさえ恥ずかしいくらいに泣きが入ったメロディを「ほらほら悲しいでしょー泣いてごらーん」と砂糖とハチミツ増量で提供してくれる。 これがカラヤンのようなスタイリッシュな表現ではなくなりふり構わずだから凄い。参った、もう好きにしてくれ、という感じだ。 今はもうこういう指揮者は少なくなってしまった。指揮者に限らず「当り障りなく楽譜通りに演奏してみましたが何か?」という演奏家が多くなってしまって やれやれ。そんな演奏はコンクールでしか役に立たない(そんなコンクールも役に立たない)。

1枚目は旧ソ連のレーベル、メロディアの音源をリマスタリングして復活したCD。ライヴ録音時のコンディションが各曲によってばらばらで、 全体に音がざらつき気味でフォルテ時に金管の音が割れてしまうが、この場合それはどうでもいい話(音だけ問題にするなら他のCDを聴けばいい)。 この盤は重戦車突撃タイプ。≪新世界より≫はこの曲の一般的なイメージである郷愁とかそんなもの全く関係無く「戦いはこれからだ!いくぜー! 完。長い間ご声援ありがとうございました。ドヴォルザーク先生の次回作にご期待ください」という感じ。しかもこの曲の最後はディミヌエンド (音がフェードアウト)なのにこの演奏では耳をつんざくようなフォルテシモで終わってしまうのだ。いいのか!?
続く≪春の祭典≫は前の曲で打ちのめされているというのに、ジェイソンが13人くらい出てきてチェンソーでメッタ切りしているような演奏で、 乱暴にもほどがある(笑)。こんな演奏ばっかりだったらきっとヘビーメタルなんて存在価値がなかったのでは? そしてとどめはたった3分間の≪鉄工所≫。ただでさえキングギドラが襲って来そうな曲なのに(もともとはバレエのための音楽なのだが)、 この演奏ではさらに5頭くらい出てきて日本が全滅しそうな勢いだ。
ソビエト国立交響楽団はソ連の威信をかけたオケのはずなのに割と無茶苦茶なアンサンブル。しかしそれすら面白さにプラスになっているので良し。

2枚目はロンドンに客演した時のライヴ。BBCの正式音源なので音質は比較的良い。こちらはスーパーロマンティックタイプ。
リムスキー=コルサコフの2曲は合奏力では世界一、ニを争うロンドン交響楽団。ライヴの一発録りでもほぼ完璧。ドイツやロシアのオケなどと違い、 響きがニュートラルなためにスヴェトラーノフの独特のスラヴ風体質が中和されて良い意味で上品な音作りになっているが、コブシはしっかり回っている。 オケの方も結構ノリノリ。≪シェエラザード≫で王女役のソロ・ヴァイオリンもよよよと泣き崩れたり、妖艶に振る舞ったりと大した役者ぶり。 この曲をサントラにして声優無しのアニメーションを作ると非常に面白そうだが(誰が観るのか知らないが)、この演奏だったら逆に絵が邪魔に なってしまいそう。それほどの語り上手。
≪法悦の詩≫は再び旧ソ連のオケとのものだが、これは好事家の間で海賊盤等で有名だったライヴ。男女の交わりの一部始終を音楽化した (そんなもん交響曲にするなよ・・・この1曲だけでスクリャービンは勇者だ)と言われるこの曲をスヴェトラーノフはねちねちぬとぬと音を 引っ張りまわしてじりじりとクライマックスに進んでいく。コーダ直前で時間が止まったかのような凄い全休止があるが、正に「頭の中真っ白」。 最後の音が終わった後の「ぅおるぁああー、おおおおおああああー」という気が狂ったような聴衆の歓声も納得。


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2004.Same.,Fancy Free