今月のびっくりどっきりCD
(2006.9.23.)


セルゲイ・プロコフィエフ Sergey Prokofiev(1891-1953)
交響的物語≪ピーターと狼≫ op.67
ベンジャミン・ブリテン Benjamin Britten(1913-1976)
青少年の管弦楽入門 op.34
(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)

エフゲニー・スヴェトラーノフ/ソビエト国立交響楽団
(米MORGAN'S ML019)



ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン L.v.Beethoven(1770-1827)
≪レオノーレ≫序曲 第3番 op.72a
ヨーゼフ・ハイドン Joseph Haydn(1732-1809)
交響曲 第100番 ト長調 Hob.I/100 ≪軍隊≫
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー P.I.Tchaikovsky(1840-1893)
≪マンフレッド交響曲≫ op.58

エフゲニー・スヴェトラーノフ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(米KAPELLMEISTER KMS-014/015)


「知るか!そんなことよりオナニースヴェトラだ!」
今年は5月頃から「個人的バロック&古典探究強化キャンペーン」でアルヒーフ等の旧譜や廃盤収集に明け暮れて、まともな新譜をついぞ買うことの無い 珍しい状態に陥っていた。もっとも最近はラトルやゲルギエフが何かしても全く感心できなくなっていたので、なおさらという感じ。 見せかけの知性や熱狂だけ押し付け、マスコミが「素晴らしい芸術です」と賞賛してもこっちは興ざめするだけで、「はあそうですか」と 言わざるを得ない。既に古典音楽(現代音楽も)が品格と教養だけで他のポピュラー音楽と差別化が図れるような時代ではないのだから (既に一般に積極的に聴かれない、という点では差別化されているが)。

そんな折にもう上の話なんかどうでもよくなるような盤が登場。厳密に言うと正規盤ではない(どちらも手焼きのCD−R)のだが入手は可能 (当然その辺のCD店には置いてないが)。まずMORGAN’Sというレーベル。これはニューヨークの学生を中心とした好事家が未だCD化されていない 通好みなLPを持ち寄って自主的にCD化している(所謂「板起こし」)というもの。ブートレグの常だが作りが大雑把でどちらも全曲が1つのトラックしかないが、 聴けるだけでも凄いのでそこには目を瞑ろう。それはそれとして、やっぱりこういうところではスヴェトラーノフが大人気(笑)。皆何が面白いのか 解っているという事です。プロコフィエフとブリテンの入った盤はオリジナルは旧ソ連メロディアのLPで出ていたと思われるが、 録音年不詳の謎の音源(モノラルだが音質的には古いものとは思えないのでラジオ用の録音である可能性も有り)。≪ピーターと狼≫は勿論だが、 ブリテンの曲の方にも通常は省略するナレーション(担当者のクレジットは無し・・・怪しいw)が入っている(どちらもロシア語)。
≪ピーターと狼≫には本来は楽器と登場人物の関連を解説する導入部があるのだが、この演奏ではばっさりカットされていきなり本編から始まる (あまりこういうのは例が無いが)。近所の世話好きのおばさんのようなアクの強いナレーションと共に進行する音楽は、なんかワーグナーの オペラと間違えてませんか?と言いたくなるような重量級。狼登場に至ってはもう怪奇映画の様相を呈し、アヒルが狼に呑まれてしまった場面など 殺人現場状態。その後の狼の生け捕りやら猟師の登場も「童話じゃないのかよ!」と突っ込みを入れたくなるような演奏で、最後の動物園への 行進で再現されるピーターの主題はもはや宇宙を征服してしまったかのような壮大ささえ感じる。大爆笑。
≪青少年の管弦楽入門≫も同様。オーケストラの楽器を解りやすく教えているはずのナレーションがなぜか鬼気迫っているので、英雄譚でも 聴いているような気になってしまう。最後のフーガでのブルックナーまがいの巨大なクライマックスには唖然。豪快にもほどがあるw。
ちなみにMORGAN’Sからは他にスヴェトラーノフが自らピアノを弾いてドビュッシーやラヴェルを録れた盤もあり、これも素晴らしい (トラック分けとデータ表示がものすごくいい加減だが)。本職のピアニストと比べてテクニックは落ちるに違いないが、それだけでは語れない心の問題がここでは 浮き彫りになっている。≪亜麻色の髪の乙女≫や≪月の光≫で泣ける演奏など滅多に出くわすものではない。

一方、KAPELLMEISTERは名前はドイツっぽいが実はアメリカのブートレグのレーベル(この類のものには珍しくパッケージデザインやデータ表示が 丁寧で好感が持てる)。なんとスヴェトラーノフがベルリン・フィルをただ一度だけ指揮した1989年3月5日の公演が全曲収録されている。エアチェックか オーディエンス録音(隠し録り)らしく、ステレオだが音の拡がりは狭くホワイトノイズも多少大きいが演奏記録としては十分なものといえる (むしろ録音が残っていただけで凄い)。
最初のベートーヴェンでは初顔合わせということもあり両者様子見という感じだが、次のハイドンあたりからスヴェトラっぽい恰幅の良さが現れる。 メヌエットから終楽章にかけての疾走感は素晴らしい。
しかしやはり凄いのはチャイコフスキーだ。一期一会の機会に有名な3大交響曲からではなく、ベルリン・フィルもあまり演らない≪マンフレッド≫を 選ぶところがもう変。さらに楽譜も終楽章が通常の版とは大幅に異なっている「原典版」と称するもの。 スヴェトラーノフは正規録音でもこの版を使っているが、他の指揮者が使っているのを聴いた事が無いので真相は不明。
演奏は圧巻。第1楽章は例の≪春の祭典≫や≪法悦の詩≫のライヴ同様に激烈。もう大悲劇だ。対照的に第2,3楽章は 愛らしくカンタービレに満ちる(関係無いが第3楽章に出てくる讃美歌の旋律が『ストロベリー・パニック』で時々流れる「気高き百合」のメロディに似てたりする)。 終楽章は冒頭からハイテンションで荒れ狂う。そして本来ならば中間部から第1楽章の主題が再現した後、オルガン(orハーモニウム)で 例の賛美歌が奏されて敬虔な雰囲気で静かに終わっていくのだが、この演奏で使用している版では後半部が全くカットされ第1楽章の主題が そのまま大きく再現し、阿鼻叫喚のまま終わってしまう(通常の版よりも10分近く短い)。こういう破壊的な曲はスヴェトラーノフの独壇場。 そしてカラヤンが存命中だった頃のベルリン・フィルの驚異的なアンサンブル能力が存分に発揮されている。これこそ真のプロ集団が一丸となった時の 凄さ。終演後の聴衆の「うおおおおお」とか「ぎゃー」とかの喚声も大変。




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2006.Same.,Fancy Free