今月のびっくりどっきりCD
2003年の私的ベスト10(7)
(2004.5.6./5.25.修正)
現在、昨年度分新譜からの私的ベストCDを10枚取り上げています。 とはいっても順番通りにランク付けしたわけではないので念のため。 今回は珍しく名曲。だが、ひとひねりしてあります。

ウォルフガンク・アマデウス・モーツァルト/
Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)
ヨハン・ネポムク・フンメル編曲:
Johann Nepomuk Hummel(1778-1837)

ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466(室内楽版)
ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K.503(室内楽版)

白神典子(p),
ヘンリク・ヴァイゼ(fl),ペーター・クレメンテ(Vn),ティボール・ベニュイ(Vc)
(スウェーデン・BIS CD-1147)

ミニマム・ロマンティック
モーツァルトのピアノ協奏曲なんて何の変哲もないチョイスだな、と思った人はデータを見直そう。このCDで演奏されているのは オリジナルのピアノと管弦楽の編成ではなく、ピアノ、フルート、ヴァイオリン、チェロ各1名という四重奏形態。編曲したのはモーツァルトの晩年 (といっても30代だが)に弟子入りしたフンメルというハンガリー出身の作曲家。あまり知られてはいないがベートーヴェンと同時期に活躍し、 ピアノ協奏曲も数曲残し(イ短調のop.85、ロ短調のop.89は名作)、ミサ曲等にも秀作が多い。ショパンがピアノ協奏曲を書く際にはフンメルの ピアノ協奏曲を手本にしたとも言われている。

モーツァルトの後期のピアノ協奏曲といえばもう泣く子も黙る傑作揃いなわけだが、フンメルはこの中から7曲を上記の四重奏用に編曲していた。 他にもモーツァルトの後期の交響曲も数曲似たような編成用に編曲しているのだが、当時はこのような編曲版が広く世間に 流布していた。再生装置など存在しない時代、音楽が聴きたい場合は演奏会に行くしかなかったわけだが王様でもない限り、いくらお偉いさんでも 毎日オーケストラを自宅に呼ぶわけにはいかない。ましてや下々の人たちは演奏会に行くこと自体が無理な相談。だから手軽に音楽作品を楽しむための 代替手段としてお手軽な編曲版が重宝されるのは当然の事だったのだ。例をあげれば当時大人気だったハイドンやベートーヴェンの交響曲の室内楽版とか モーツァルトのオペラのハイライトの木管合奏版とか。再生する機械がないのだから手動再生・・・できれば人件費は安い方がいいわけ(笑)。

このような編曲は作曲者が自ら手がける事もあったけれど(ベートーヴェンの交響曲第2番やモーツァルトのピアノ協奏曲第11〜14番等)、普通は楽譜屋専属の 編曲屋とか今となっては名も無き作曲家の仕事だった。そういう意味ではフンメルのようなクラスの人がこういう仕事をしているのは珍しいケースかもしれない。 おそらくフンメルとしては手軽にどこでも演奏できるようにして多くの人にモーツァルトの曲を知ってもらおうと思っていたのではないだろうか。

音楽の再生装置が容易に手に入るようになった現在、これらの編曲をもはや代替手段として利用する事はなくなってしまったが、価値が無くなって しまったわけではない。聴きなれた作品を異なる装いで聴き直すという、望外の楽しみが増えたのだ。今こそフンメルの編曲の妙を素直に楽しめる 時代になったと言ってもいいだろう。

編曲は大変素晴らしい。原曲の編成から金管楽器やティンパニを除いているのでなんとなく物足りないのでは?と思われるかもしれないが、 聴いてびっくり。雰囲気やスケール感を損なわず、モーツァルトがそういうヴァージョンも作っていたのではと思わせるほどの出来。 楽器を減らし、個々の楽器の音色にこだわることにより原曲のロマン性がいっそう引き出されている感じだ。特に第20番にはこの編曲は 相応しいものといえる。演奏も上等。白神典子(シラガフミコ)は主にヨーロッパでの活動が多いので日本では殆ど知られる事がないが、 ショパンのピアノ協奏曲の室内楽版ブルックナーのピアノ曲など普段省みられない作品を録音している人。 今後残りの曲も録音する予定だというので期待大(個人的には第23番辺りの簡素な曲をさらに楽器を間引いてどうなっているのかが聴きたい)。 それからこの盤で特筆すべきはフルート奏者。編曲とは原曲のイメージを損なわない事が必ずしも重要ではない(これが理解できない頭の 悪い音楽評論家が日本には多い)にしても結果的に原曲の管楽パートを全て肩代わりしている訳だが、これが素晴らしい名脇役ぶり。

日本では「編曲ものは所詮贋物である」という偏見が強い。特に大編成から小編成、単楽器への編曲ものは軽視されがちだ。リストがピアノ独奏用に 編曲したベートーヴェンの交響曲も評論家はまるで無用の長物のように平気でこき下ろす厚顔無恥ぶり。金と権力と世間の柵に右往左往して 正当な価値も見出せなくなった自称知識人は放っておいて僕たちは好事家らしく面白いものは面白いと、美しいものは美しいと言いたい。


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2004.Same.,Fancy Free