今月のびっくりどっきりCD
(2006.5.13.)


ミヒャエル・ハイドン Michael Haydn(1737-1806)
レクィエム −ジギスムント大司教葬送のためのミサ曲− *
交響曲 ト長調 P.16 & 交響曲 変ロ長調 P.9

ヨハンネッテ・ツォマー(ソプラノ)* ,ヘレナ・ラスカー(アルト)* ,
マルクス・シェーファー(テノール)* ,クラウス・メルテンス(バス)* ,
クリスティアン・ツァハリアス/
■■■■■■ローザンヌ室内管弦楽団,スイス室内合唱団 *
(独MD+G MDG 340 1245-2)


天才の晩年まで影響を与え続けた“弟ハイドン”
今年はモーツァルト生誕250周年という事で世界中お祭り騒ぎで、つい最近も有楽町の国際フォーラム付近は大変なことになっていた。 1991年の没後200周年の時もそうだったが、「モーツァルトってーなんか繰り返しが多くてー(←既に間違った認識)退屈ー」とか言っている連中 (モーツァルトどころかクラシックなんか普段聴かないわけだが)が、こういう時だけ急にモーツァルト愛好家に変わってヤな感じ。w

それはそれとして、今年が記念の年なのはモーツァルトだけではなくショスタコーヴィチやシューマンもそうなのだが、ここで忘れてはいけないのは モーツァルトに近しい存在としてミヒャエル・ハイドンの名も挙げなければならない。
ミヒャエル・ハイドンは所謂「交響曲の父」ヨーゼフ・ハイドンの5歳下の弟で、モーツァルトの19歳年上。子供の頃は合唱団員として美声で知られ (肖像画はジャイアンみたいだが・・・w)、後にザルツブルクの大司教のお抱え楽団の楽長として演奏・作曲に従事し、兄ヨーゼフ同様に あらゆるジャンルに多くの作品を残しているが後世の人から見たネームバリューとしてはモーツァルトや兄に比べると多少分が悪い。 が、ベートーヴェンの高弟リースを例に挙げるまでもなく、創作の世界で「知られていないものは取るに足らない」というのは真理ではない。 そう、弟ハイドンは兄に勝るとも劣らぬ実力の持ち主で時にはモーツァルトの仕事を手伝ったり手伝われたり、そしてさまざまな局面でモーツァルトに影響を 与え続けた存在だった。

このCDの前半の≪レクィエム≫、その美しい『イントロイトゥス』を初めて聴いて驚かない人はいないだろう。あのモーツァルトの ≪レクィエム≫そっくりだからだ。続く『ディエス・イレ』もモーツァルトの『ディエス・イレ』を知っていればさらに驚愕。以下、『サンクトゥス』等々でも。
この≪レクィエム≫はミヒャエルが勤めていた教会の大司教の葬儀のために書かれたもので、作曲は1771年。 モーツァルトが≪レクィエム≫を書く20年も前の事。初演にはモーツァルトも立ち会っている。え、モーツァルトがパクリ?という感じだが、 当時の状況を鑑みれば・・・録音技術は無い、印刷技術もほぼ無し、交通もままならない・・・そういう環境で急な注文を受けた晩年のモーツァルトが短期で効率的に 作品を仕上げるために以前感銘を受けた友人の作品を下地にしたという推測は充分考えられることだ。それにモーツァルトはどんな曲でも一回聴いたら全て記憶して 楽譜に再現できるという能力があったのだから。
もちろんどこかの同人作家じゃあるまいしモーツァルトがただコピーをしたわけでもなく、未完に終わったものの≪レクィエム≫にモーツァルトならではの 音世界があることは疑いも無い。そしてモーツァルトにそこまでさせたミヒャエルの≪レクィエム≫もまた紛れもなく秀作なのだ。

併録の2つの交響曲のうち、ト長調もいわくつき。何しろ長い間モーツァルトの≪第37番≫として誤認されていたのだから (現在モーツァルトの交響曲全集で≪第37番≫は欠番)。1783年、リンツを訪れたモーツァルトが現地で急に演奏会をすることになり、 たった4日で≪交響曲第36番≫を書いたものの(それだけでも凄いが)、まだ演目が足りなかったので以前演奏して気に入っていたミヒャエルの交響曲に 手を加えてでっち上げたのが≪第37番≫。このCDではモーツァルトの加筆部分は削除して演奏されているが、それでも正体を知らなければ「モーツァルトの 20番台の交響曲」と言われても全く気付かないだろう。

指揮者のツァハリアスはもともとピアニストでモーツァルトやシューベルトをレパートリーにしていたが、最近は指揮もするようになったらしい。 決して余技というわけでもピアノを弾く技術が危ういから、というわけでもないようで合唱でもオケでも生き生きとした演奏を聴かせてくれている。




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2006.Same.,Fancy Free