今月のびっくりどっきりCD
(2004.12.13.)

ウィルヘルム・フルトヴェングラー
Wilhelm Furtwängler(1886-1954)

交響曲 第2番 ホ短調 (1941-45)

ゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒト/ワイマール・シュターツカペレ
(独アルテ・ノヴァ Arte Nova,BMG 82876 57834 2 2枚組)

伝統と時代と個人の経験則が創り上げた巨大交響曲
第2次大戦前後を代表する大指揮者フルトヴェングラー。没後50周年を迎えた今でも過去のライヴ録音が発掘され、既に定評ある録音は ほぼ恒久的にカタログに生き残っている。その演奏の凄さはどんなに文章を読んでも話を聞いても伝わらない。「百読は一聴に如かず」。 全然聴いた事の無い人はとりあえずドイツ・グラモフォンから出ているベートーヴェンの交響曲第5番シューマンの交響曲第4番を聴こう。 音楽の良し悪しに演奏のミスとか音の悪さとかステレオじゃないとか、そんなのは全く些細な事だとこれらの演奏が証明しているし、 普段ラジオやテレビから流れてくるクラシック音楽の最近の大部分の演奏がいかにつまらないか、いやでも判ってしまうというものだ。

ところでフルトヴェングラーは演奏活動の傍ら作曲もしていて、本人としては作曲こそ表現者としての真髄と考えていたようだ。 オーケストラ曲から器楽曲、声楽曲と幅広く手をつけたが、その作品は例外なく巨大。交響曲は演奏時間が60分以上は当り前、 ヴァイオリン・ソナタやピアノ五重奏曲ですら1曲でCDが埋まってしまう。
交響曲は3曲(他にいくつかの断片や習作)。戦時中、ゲシュタポにマークされながらも(←ユダヤ人亡命を支援していた)終戦間近まで ドイツ国内で演奏活動を続けながら書き上げた、全曲82分の第2番はフルトヴェングラーも出来にかなり自信をもっていたようで、 戦後作曲者自身の指揮で度々演奏された。指揮者として得意にしていたベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーなどに 代表される、ドイツ音楽の精神を受け継いだ「闘争から勝利」のコンセプトで書かれ、後期ロマン派と近代音楽の様式のアマルガムであり、 さらに時代・世相を反映し胸の内も吐露したようなシリアスな内容。そこへ自身が今まで培ってきた指揮技術から導き出された演奏様式に 密接に絡んだスコアリングが加わわって独特の表現がたち現れる。

第1楽章は木管の呟くような音型に導かれて弦で奏される憂愁を帯びた第1主題、それを引き継いで木管に現れる第2主題が共にロマンティックで 美しい。古いフランス映画なんかに合いそうだ。しかしすぐに嵐のような展開部に突入し絶望的な気分が支配する。終わり近くでようやく僅かな 望みを繋ぐような旋律が現れるが、それもあっさり押し潰されてしまう。
第2楽章は過去の思い出に浸っているかのように平安に充ちた楽想がしばらく続くが、やはり黒い影が忍び寄り暗い現実に引き戻されるように 不穏な気分が漂い、消えるように終る。
第3楽章は闘争。ワーグナーやシベリウス風の楽想が交錯し、合間に第2楽章の平和な気分が時折戻って来るが次第に泥沼のような様相を呈していき、 最後に一瞬おどけた調子に変わり断ち切るように終る。
第4楽章は闘争の続きで最も長い楽章(このCDでは29分)。やはり泥沼だが、後半希望に満ちた動機が何回も現れるうちに不安な気分が消えていき、 最後はブルックナー風の金管のコラールが朗々と奏され、コーダでフルトヴェングラーのいつもの指揮スタイルを思わせる熱狂的な追い込みと 高揚のうちに堂々と終結する。個人的には最後の二小節程があまりに古典的だと思うけれど。

この曲はフルトヴェングラー自身の指揮によるスタジオ録音が残っているが(グラモフォン/今も入手可能)他に各地でのライヴ録音が数種類存在する。 本人以外でも朝比奈隆やバレンボイム等も録音しているが、何しろ作曲した本人が大指揮者でその指揮スタイルに完全に合致した曲のために 残念ながら自作自演を超える演奏はこれまで皆無といってよかった。おかげでいろいろCDを買っても結局グラモフォンのCDか フルトヴェングラー協会の頒布したCD(会員以外ほぼ入手不可、市販されていても高価)を聴いている有様。しかしこのCDは違う。表現やテンポの 振幅がかなり自然で音楽に乗って聴けるところが凄い。録音もたぶんこのオケの本来もっている渋い響きが透明で柔かい音質で捉えられていて、 これだけは自作自演盤には得がたいポイント。それと、このレーベルは廉価なのが有り難い(輸入盤なら1000円以下)。


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2004.Same.,Fancy Free