今月のびっくりどっきりCD
(2010.9.17.)


ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー P.I.Tchaikovsy(1840-1893)
ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 op.23 *ライヴ録音
フランツ・リスト Franz Liszt(1811-1886)
ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 s.124

アリス=紗良・オット(ピアノ)
トーマス・ヘンゲルブロック/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
(独ドイツ・グラモフォン Deutsche Grammophon 00289 477 8779)


 名曲とお洒落ジャケットにだまされるなよ?

 アリス=紗良・オットはドイツ人を父に日本人を母に持つ現在22歳の新進ピアニスト。3年ほど前、デビューしたての頃に『徹子の部屋』に出たので名前と容姿は一般にも広く知られていたようだ。デビュー盤はリストの《超絶技巧練習曲集》だったが、残念ながら自分の手に余るので敬遠。2枚目のアルバムもショパンの《ワルツ集》でこれもショパンを普段聴かない自分はリストよりさらに比較試聴が難しいので完全にスルー。演奏会ではベートーヴェンやモーツァルトも弾いているようだが資料になる音源が無いので今まで判断のしようが無かった(メジャーレーベルは新人の録音をショパンとかにするのいい加減やめてくれないかと思う)。そして3枚目にして初の協奏曲録音が登場。曲目は定番中の定番でこれまた競合するアルバムが多い。しかしようやく自分の試聴&考察対象になりうる作品が登場(実は最初に聴こうと思った動機はヘンゲルブロックが振っているからだったのだが)。

 国内盤は半年以上前に先行発売されていて、海外盤は最近ようやく出たところ。国内盤にはこの2曲の他にリストの小品がボーナス・トラックで入っていて(まあそれは個人的にあんまり聴く気がないのでアドバンテージにならない)ジャケットも本人のアップの写真が使われた、いかにもJ-CLASSICでのだめな感じでげっそり(余談だが、先行の2枚も国内盤はそんな感じ)。海外盤はこの通りモノクロのお洒落な感じ。

 前置きが長くなってしまった。肝心の演奏だが、毎年ぞろぞろ出てきては消える「美人演奏家」とは一線を画す鮮やかな弾きっぷり。どちらも大見得を切って始まるケレン味たっぷりの曲だから演奏によっては押し付けがましいものになり、一度聴けば「もう結構」となりかねない。しかしここで聴かれるピアノは常に抑制を心がけられているように感情に支配されず、冷静さを保ち、とても静謐で、いかなる強弱の時も繊細さを失なっていない。それでいて神経質な表情はどこにもない。打鍵はとても力強く芯があり、ピアニシモでも音像が曖昧にならない。チャイコフスキーの第1楽章の主題提示部での即興的な音の動き、第2楽章での夢見るような節回し等にそれが最大限に生かされている。リストでもこの曲に要求される超絶技巧など全く問題にせず、その向こうにある詩情を引き出そうとしている。そして一番重要なのは、この演奏は聴き進むにつれてピアニストの存在を忘れさせ、改めてこの2曲が良く出来ていることを解らせてくれることだ。結局のところ古典(or現代)音楽とは奏者or歌手の技を聴くものではなく作曲者の心を知るものだから、「誰がどの曲で何をした」かは最終的にはどうでもよくなってくるのだ。

 付け足しみたいになってしまうが、伴奏するヘンゲルブロック指揮のミュンヘン・フィルも凄い。最近はクリストフ・ポッペン等の古楽器畑の人がモダンオケでロマン派の作品を指揮して成果をあげているが、ヘンゲルブロックもそういった中の一人。チャイコフスキーでの木管楽器の室内楽的な響き&動きの強調(ちょっと初演稿を思わせる)や、リストの後半で加わるトライアングルの絶妙なサジ加減(無神経にチンジャラ煩い演奏が多い)など、聴きどころは満載である。

 そんなわけで、お洒落ジャケットに写る一昔前の今井美樹っぽいお嬢さんからは想像もつかないような(国内盤では尚更w)凄い音楽がこのCDには収められていたのだった。



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2010. Same., Fancy Free