今月のびっくりどっきりCD
特集・2009年の私的ベスト10+α
(2010.5.24.)

 大幅に遅れて、しかも3年ぶりにベスト10(+αと残念賞)を発表。昨年中に購入した約280タイトルから新譜と準新譜から特に気になったものを選定。
 昨年は新譜・準新譜は総購入数の半分程度で、それよりも印象の強い旧譜や中古品が多すぎて困るという嫌な状況でした。その中でもここに選んだものは曲・演奏共に選りすぐりのものと自負。順番は優劣にあまり関係無いです(但し01.は今回のダントツ)。あと、いつもコメント長いので極力短くしました。

01. 説明できないんだがなんだかすごいんだ

マルクス:
 《春の音楽》,《牧歌》,《収穫の祭典》

ヨハネス・ヴィルトナー/ウィーン放送交響楽団
(独cpo 777 320-2)
 初っ端からどマイナーだが、これは曲が最高。近年稀に見る大ヒット。マルクス (Joseph Marx, 1882-1964) はロマン派最後期の作曲家で主に歌曲が知られているが管弦楽曲も残している。その多くは埋もれていて時折演奏されるのは《ロマンティック・ピアノ協奏曲》くらいだろうか。このCDの3曲は全く知られていないもので、いままで録音があったかどうかも怪しい。それぞれ春・夏・秋の季節に対応していると思われるのでセットなのかと思えば、《春の音楽》と《牧歌》は「自然三部作」の2・3曲目に相当し(1曲目はどこに?)、《収穫の祭典》は《秋の交響曲》の第4楽章に当るものだという(他の楽章は?)。
 どうにも謎な作品群だが、自然とそれに対する人間の心情を細やかに描写し、技巧的かつむせかえるようなロマンティシズムに溢れていて、オーケストラ音楽好きにとっては至福の時間が過ぎるはずだ。しかし聴き終わるとどんな旋律だったかほとんど思い出せない。「忘れ鼻は美人の証拠」と昔からよく言われるが、その音楽版といったところ。だが美しいものを聴いたという記憶だけが残る。そしてまた聴いてしまう。無論、優れた演奏だからこそなのだが。

02. 爆笑ハイドン寄席

ハイドン:
 人形歌劇《大火事》
Hob.XXIXb/A

オットー・カッツァマイヤー(Br),アンドレアス・カラジアーク(t),
イーザ・カタリーナ・ゲリケ(s),他
アンドレアス・シュペリング/カペラ・アウグスティーナ
(独cpo 777 213-2)

 イギリスで大当たりするずっと前のハイドンがエステルハージ候に仕えていた頃の作品。音楽好きの君主のためにハイドンは山のように歌劇や劇音楽を書いたが、いくら音楽が良くても台本がしょーもないものばかりだったので当時の同業者に比べて相当な割りを食う結果となり、お陰で現在ほとんど忘れられているという体たらく。
 この《大火事》全2幕もその中の一つだが、話は置いといて音楽はかなり面白い。何歌ってるのかほとんど解らないのに音楽だけで笑える。第1幕の大詰めの火事の場面で管弦楽は「疾風怒涛期」のハイドンらしくアグレッシヴな響きを聴かせるが、歌の方は「火事だ、火事だ、火事だぞ〜♪」「水だ、水だ、水かけろ〜♪」と妙に陽気で、このミスマッチ加減がいい。ハイドンはこの中の音楽を流用して《交響曲 第59番“火事”》を作っているので本人も結構気に入ってたのだろう。現在は劇音楽に分類されているが人形歌劇として上演されたのではないかという説もあり、このCDではその形でのライヴ音源が収録されている。田舎芝居的な味わいも楽しい。

03. 名匠と一級のプロ集団が出会うと大変、という見本

『ジュリーニ/ベルリン・フィル・ライヴ1973』
 ムソルグスキー:歌劇《ホヴァンシチナ》前奏曲
 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35 *
 ドヴォルザーク:交響曲 第7番 ニ短調 op.70
チョン・キョンファ(Vn)*
カルロ・マリア・ジュリーニ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(英TESTAMENT JSBT2 8439)
 名指揮者ジュリーニが客演した1973年のベルリン・フィル定期公演の一晩分を収録したライヴ盤。約10年後には悠揚迫らぬ超スローテンポで巨大な音楽を聴かせることになるジュリーニだが、この時はまだノーマルなテンポ設定。しかし見通し良く引き締まった音作りは晩年のスタイルよりも好む聴き手も多く、この3曲も充実の演奏。ドヴォルザークの《第7番》は強靭な響きという点では後年のロイヤル・コンセルトヘボウとの名録音も凌ぐだろう。この日がベルリン・フィルとの初共演だったチョン・キョンファのチャイコフスキーでの鬼気迫るソロも凄い。

04. 名作に名手が取り組むと大変、という見本

『バッハ:ブランデンブルク協奏曲集』
 第1番 ヘ長調 BWV.1046 〜 第6番 変ロ長調 BWV.1051

カティ・デブレツェニ(Vn),レイチェル・ベケット(rec & fl),
キャサリン・レイサム(ob & rec),ミヒャエル・ニーゼマン(ob),
ニール・ブラーフ(trp),マルコルム・プラウド(cemb)
ジョン・エリオット・ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
(西Soli Deo Gloria SDG707)
 作品の規模や特性を理由にこの曲集の録音を長年躊躇していたガーディナーの待望の新譜。ガーディナーが指揮するのは編成の大きい《第1番》《第2番》のみで、他の4曲は監修。しかし長年ガーディナーと仕事をしそれぞれもソロ活動する名手達だけあって、全6曲でまさに阿吽の呼吸によるパフォーマンスが展開する。
 同時期に発売されたブラームスの《交響曲 第3番》も(演奏団体名は違うが実体は大体同じ)交響曲に合唱曲を組み合わせるという選曲の妙と静謐・緻密な表現で一聴の価値あり。

05. はじけすぎくらいが丁度いいのさ

『モーツァルト:歌劇序曲集』
 《ティトゥスの慈悲》,《フィガロの結婚》,《魔笛》,
 《後宮からの逃走》,《イドメネオ》,《ドン・ジョヴァンニ》の序曲、他

リナルド・アレッサンドリーニ/ノルウェー国立歌劇場管弦楽団
(仏naive OP30479)

 古楽オケや鍵盤楽器で主にバロック音楽を手がけていたアレッサンドリーニが、ノルウェーの歌劇場オケを振ったモーツァルト。基本はモダン・オケだが弦楽器はヴィブラートを抑えた古楽奏法、金管(あるいはティンパニも)に古楽器を使用し、快速なテンポで鮮烈に、時に過激にモーツァルトの音世界を塗り替えている。定番の有名歌劇の序曲だけでなく、《バスティアンとバスティエンヌ》,《ポントの王ミトリダーテ》,《レ・プティ・リアン》等の普通の「序曲集」では外されてしまう曲や行進曲、バレエ音楽も優れた演奏で聴けるのがありがたい。

06. 清らか、ふわふわ時間

ペルゴレージ:
 《スターバト・マーテル》
*,《サルヴェ・レジナ》 ハ短調 **
 ヴァイオリン協奏曲 変ロ長調 +,

ラヒェル・ハルニシュ(s)*,ユリア・クライター(s)** ,
サラ・ミンガルド(a)* ,ジュリアーノ・カルミニョーラ(Vn)+
クラウデイオ・アバド/モーツァルト管弦楽団
(独ARCHIV,Deutsche Grammophon 00289 477 8077)
 ペルゴレージ (Giovanni Basttista Pergolesi, 1710-1736) 生誕300年記念盤。大病を克服したアバドの新しい仕事の一つは新設の古楽オケ。しかもアグレッシヴなスタイルが多い古楽界(?)の中、快適なテンポと包み込むような優美な音色で全く新しいスタイルを提示してきた。まさにふわふわタイム。そういえばこの前に録音されたモーツァルトの後期交響曲集やヴァイオリン協奏曲集もふわふわだった。抱きしめたらこわれそうな《スターバト・マーテル》はロンドン響との旧録音とは別世界の驚異の名演。だが演奏家の主張は全く見えず、音楽だけが心を通り過ぎる凄いふわふわタイム。恐るべしアバド。併録の、名手カルミニョーラの弾くヴァイオリン協奏曲も珠玉の逸品。

07. 300年前の艱難辛苦をあっさり乗り越える歌声

『神への捧げもの〜カストラート・アリア集』
 ポルポラ,カルダーラ,アラーイア,グラウン,レーオ,
 ヴィンチ,ヘンデル等の歌劇より

チェチーリア・バルトリ(Ms)
ジョヴァンニ・アントニーニ/イル・ジャルディーノ・アルモニコ
(英DECCA, Universal Music 478 1521)

 音楽史上の仇花ともいうべきカストラート(去勢歌手)のための曲集。こういう曲は現在はアルト(メゾ・ソプラノ)やカウンター・テノールの歌手が歌う。もし300年前にバルトリのような歌手がいたら、男女間の格差や宗教上の問題が無かったら、中性的で美しい歌声を獲得するためだけに人間が同じ人間に恐ろしげな処置を施すような事はなかっただろう。何しろカストラートが成功した例は少なく、山のように犠牲者を出していたのだから。
 それにしても歌手にもオケにも恐るべき超絶技巧を要求する曲ばかり。ハイドンの先生だったポルポラの曲とかもうイジメとしか思えないんだが。それをバルトリは圧倒的な技術で歌いきり、演劇的表現も過不足なく盛り込むという離れ業をやってのけてしまっている。
 限定盤(カストラートについての詳細な資料本付き)のボーナスCDにはヘンデルの有名な《オンブラ・マイ・フ》が入っているが、これがカストラート用だったという事を考えながら聴くと、曲の印象が少々変わるかもしれない。

08. 安い!曲数多い!カッコいい!

『メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲集』
 第1番 ト短調 op.25,第2番 ニ短調 op.40
 第3番 ホ短調(ラリー・トッド補筆完成版)
 ピアノと弦楽のための協奏曲 イ短調

マティアス・キルシュネライト(p)
フランク・ベーアマン/
 ケムニッツ・ロベルト・シューマン・フィルハーモニー管弦楽団
(独ARTENOVA, Sony Music 88697 28622 2)
 生誕200年記念盤。この精彩に満ちた演奏を耳にすれば、メンデルスゾーンのピアノ協奏曲がその出来栄えにも関わらず、世間では無いも同然の扱いをされているのが不当な事だと思う人は多いのではないだろうか。
 このCDには通常の《第1番》《第2番》の他に、少年時代の習作(の割には大曲だが)の弦楽伴奏による《イ短調》と未完の《第3番》の補筆完成版の2種類ある内の一つが収録されている。《第3番》は名作《ヴァイオリン協奏曲 ホ短調》の原型だと推測されている作品で、この編曲版ではその説に従っているために第3楽章では急に有名人のそっくりサンに出くわしたような気分になってちょっと笑える。あとこのCDは2枚組で輸入盤なら1000円以下。お買い得。

09. ついカッとなってジャケ買いした。しかし全く後悔していない。

ヘンデル:
 《9つのドイツ語のアリア》
HWV.202-210 *
 《王宮の花火の音楽》 HWV.351(1749年室内楽版)

ヌリア・リアル(s)*
ミカエル・オーマン(rec&指揮)/オーストリア・バロック・カンパニー
(独deutsche harmonia mundi,Sony Music 88697483932)

 ジャケットに惹かれて試聴したらギリギリの甘さと柔らかい歌声にちょっとハートキャッチ。《9つのアリア》は重要作というわけではないだろうが、それぞれはどこかのオペラやオラトリオに入っていたらちょっとしたヒットナンバーになっていたかもしれない。
 このCDの後半には名曲《王宮の花火の音楽》の室内楽用編曲版という非常にレアなものが入っているが、これがあの壮麗な曲かと思うくらいのカワイイ(´∀`)曲になっていて見事な演奏(リコーダーの妙技!)も手伝って大変な聴きもの。

10. 日本現代音楽のルーツを考察する格好の企画

『日本の交響作品撰集』
 林 光:交響曲 ト調 op.2
 入野義朗:小管弦楽のためのシンフォニエッタ
 池野 成:ダンス・コンセルテ

本名徹次/オーケストラ・ニッポニカ
(エクストン,Octavia Records OVCL-00381)

 日本人作曲家の重要作や埋もれた作品を紹介しているオーケストラ・ニッポニカがまたいい仕事をした。今回は1953年に作曲・初演された作品を集めていて、戦後日本にどんな音楽が紹介され咀嚼されていったかが解る好企画。「あー、プロコフィエフが旬だったんだー」とか「バルトーク好きだったんだね」とか作品毎に聴き手はニヤニヤしてしまう事うけあい。しかし誰かの影響やパクリ(?)はさておき、3曲とも楽しめるものであることは間違いない。こんなに楽しい曲作っておきながら、なんでこの後の日本の現代音楽の大部分がダメになってしまったんかねー。

+α. 真面目なお笑いを考察する格好の企画

『豪快な忠臣蔵〜伊福部昭の音楽による戦いの日本史』
 伊福部昭:
 映画《日本誕生》,《徳川家康》,《柳生武芸帳》,《忠臣蔵》他の音楽

オリュンポス三十二義士(編曲&合唱)
(不気味社 BKM G.R.F.024)

 伊福部昭や冬木透の音楽を無伴奏男声合唱のみで再現、という挑戦を続ける不気味社の最近の録音。ここでは伊福部昭が長編歴史映画に付けた音楽を年代別に並べて収録している(ほとんど江戸時代以降だが)。曲によっては怪獣映画とほぼ同じ旋律が現れたりするが、題材によって曲調を変えるようなことをしなかった伊福部昭の作曲のスタンスが窺い知れて興味深い。
 それはそれとして不気味社メンバーの編曲の凄さと見事なパフォーマンスには脱帽である。同人だからと甘く見てはいけない。パッケージには表示されていない恒例のボーナストラック(にしては長尺だが)では忠臣蔵のゴジラ風パロディドラマが収録されている。「あの吉良上野介が最後の一人とは思えない・・・」って何だよw。

残念賞

メンデルスゾーン:
 ヴァイオリン協奏曲
ホ短調 op.64 *
 ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 op.49 +
 ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 #
アンネ=ゾフィー・ムター(Vn),
クルト・マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 *,
アンドレ・プレヴィン(p)+#,リン・ハレル(Vc)+
(独 Deutsche Grammophon 477 8001)※DVD付き
 生誕200年記念盤。ヴァイオリン協奏曲に関しては伴奏のマズアの何も考えてない指揮が全体の足を引張って並の出来。特に聴いても聴かなくてもいい演奏。
 逆に残りの2曲は全く素晴らしい。まず曲が良いし、演奏も良い。特にプレヴィンがものすごい。もう80歳だしピアノが本業ではないのに!しかし流石指揮者が弾くピアノ、全体のアンサンブルをリードして大きな流れをしっかり作っている。これはムターをフューチャーしたアルバムだが、実は聴きどころは完全にプレヴィン。ハレルのチェロもいい。
 特典のDVDにはCDと同じ曲目の別テイクが映像で収録されているが、協奏曲はCDよりもさらにダメ。室内楽の方はCDと甲乙つけがたい名演で、プレヴィンのピアノの弾きっぷりがカッコよくて泣きそう。協奏曲の伴奏指揮もプレヴィンだったらよかったのに。


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2010.Same., Fancy Free